「さぁ、今年もいよいよこの季節がやってまいりましたよ! 桜蘭祭!」




  華やかな第三音楽室にはいつにも増して賑やかな声。
  張り切る環を筆頭に今年は何が起きることやら。












     【 love・story ―1―】











  “桜蘭祭”
  毎年全校生徒がそれぞれのセンス、指揮力、行動力、あらゆる面を尽くして華やかに行われるお金持ちの学園祭。
  毎年ホスト部も恐ろしいまでの企画力を発揮し様々な催しを行ってきた。
 「「――っても殿? 桜蘭祭まではまだ一ヵ月はあるんだけど?」」
  営業時間終了後の定期ミーティング。
  鏡夜によって今後のイベント予定が発表された直後の部長発言。
  ミーティングとは名ばかりの雑談会を妨げるには十分だった。
 「今年は何をやる気ですか?」
 「良くぞ聞いたぞ、ハルヒ!」
  ミルクティーを啜りながら冷静に聞き返すハルヒに環の拳に力が入る。
 「昨年は中央棟サロンを貸切、大々的なホスト部の営業に加え、馬車で校内パレードとい う素晴らしくも美しい、
  我々ホスト部に相応しい内容だった!」
  一人熱く訴える環を他所に鏡夜はデータの整理、光邦は本日何個目になるか分からないケーキを頬張り、
  崇はその横で軽く聞き流しつつ、いつも通りのポジションを保っていた。
  素直に耳を傾けているのはハルヒと双子だけであろう。



     (…そんな時期か…)



  昨年は確かに大変だった。ホスト部に加え、クラスの出し物で体育館内に街を一つ築き上げ、
  自称鏡夜のライバルとのサロン争奪戦。崇にとってそれは全て懐かしいことであり、ありありと蘇る記憶であった。



 「…しかーし、今年は“初心忘れべからず”! 学園祭の“定番”に振り返ってみようと思うのだ!」
 「「というと?」」
  ことは進んでいるらしく、不敵な笑みを浮かべる環はとても楽しそうである。
 「まぁ、まずこのくじを…」
  うきうきと差し出された手には棒切れが握られており、内緒でこんなものを用意している環が微笑ましい。
 「たまちゃん、ボクもそれ引いていいのぉ?」
 「もちろんですよ、ハニー先輩」
  ケーキから顔を上げ会話に参加した光邦から次々とくじを引いていく。
  何をするかも分からないが、環の考えた企画は採用されたらしい。
 「どうぞ、モリ先輩」
 「……」
  数も少なくなった棒を適当に引き抜くと意外に長く、そこには文字が。












  “シンデレラ”













  学園祭。

  初心。

  定番。

  くじ引き。

  シンデレラ。









  シンデレラ?!











  今までの会話からすぐに崇の中で筋は通った。
  冗談じゃない!
 「…おい、環…」
  抗議しようにもことは確実に進んでいた。
 「全員くじは引いたな? では、今回の企画はズバリ【灰かぶり姫】!」
 「「素直に【シンデレラ】って言えないの?」」
 「つまりはお芝居ですね」
  その通り。
  今回の環にとって“初心忘れべからず”とは学園祭の王道の演劇で勝負しようというのだ。
  しかし、なぜ【シンデレラ】なのか、恐らくこれも王道を貫くつもりなのだろう。
  【シンデレラ】、【美女と野獣】、【ロミオとジュリエット】と言った恋物語は生徒に受ける、
  そんな情報をどこからか入れ知恵してきた結果であるのは、もはや口にするまでもない。
  しかし、よりにもよって…
  崇は大きな溜め息しか吐けなかった。
 「たかしぃ? どうしたの? 具合悪いのぉ?」
 「…いや」
  明らかに沈む崇に光邦は覗き込む。
  と、そこには運命の棒が。



 「わぁー! 崇、“シンデレラ”のくじだぁ!」
 「え?」
  真っ先に近寄ってきた双子にくじは呆気なく奪い去られ、そのかわりに降ってきたのは












  爆笑。











 「ぷっははははは!」
 「うわぁーモリ先輩、くじ運良すぎですよ!」
  ぷくくくと抑え切れていない笑いを溢しながら「ドンマイです」と軽く方を叩く馨と、お構いなしに笑い続ける光。
 「まぁ、これはこれで面白いことになりそうですよ、先輩」
  ちなみに俺は継母です、と満更嫌そうでもなく不敵笑う鏡夜。
  誰も「それはまずいだろう」と考えている者はいないらしい。
  そして止めの一撃。
 「崇、頑張ってね、ボク楽しみにしてるよぉ」
  誰にも汚せない“無敵の笑顔”












 「……無理だ」
  しかしいくら光邦の言葉であっても、流石にこれはキツイ。
  自分のそんな姿を想像するだけでも…洒落にならない。
  はっきり思うと、気持悪い。







 「大丈夫だよ! モリ先輩! 絶対面白いって!!!!」
  何の慰めにもならない(慰めるつもりもない)言葉に更に肩を落とす。
  落ち込んでいく崇に環はオロオロとした表情を見せる。
  環自信見てみたい気もするが抵抗もあるようでその狭間を行き来しているようだ。
 「…考えてみろ…洒落にならないぞ?」
 「「それがいいんだってば!」」
  抵抗も無駄。
  双子のスイッチは完全に「ON」だ。
 「受けることは間違いないね、光!」
 「殿ー、台本僕らが書いていいー? 僕と馨で絶対面白いものにして見せるよ!!」
 「ちょ!……光…馨……」
 「ねぇねー! ヒカちゃん、カオちゃん、ボクもやっていいー?」
  こうなれば自分の言葉など届く訳もない。さらに台本会議の中に光邦まで参加したとなれば、
  何をやらされるか、崇が想像することはできない。
  わかることは、“このままではやらされる”そのことだけだ。










 「いいかげんにしてあげましょうよ」
 「……ハルヒ」
  救生主は意外なところから現れた。
 「モリ先輩、すごく嫌がってるし…」
 「「でもー、公平なくじ引きでしょ? ならみんなフェアなんだしぃー」」
  確かに双子の言うことは間違いではない。
 「でもね、先輩も自分がやったら洒落にならないってことわかってるし、第一自分は見たくない」
 「……」
  ピタリと第三音楽室の空気は凍り笑っていた者からは一瞬にして笑いは消え失せた。
  実際ハルヒの言っていることに何の間違いはないが、みなわかっていてその「似合わなさ」を見せ物にしよう盛り上
  がっていた空間にはその素直な反応は痛い。
  そして何より救われたのか、拒絶されただけなのか、どちらにしても崇にはダメージとなっていた。



  もちろん自分のドレス姿は洒落にならないが面と向かっての「見たくない」も少々キツイ。
  崇はヨロヨロと「……ありがとう」そう言うことしかできなかった。















 「でもさー、ボクはやっぱり納得できないなぁ!」
 「ハニー先輩…」
  ハルヒに食って掛かったのはつまらなそうな顔な光邦。
  しかしニヤリといやらしい笑みを浮かべ続ける。
 「ヒカちゃんとカオちゃんが言うようにこのキャスティングは公平」
  トテトテ崇に歩みより、
 「だから崇がどーしてもキャストを変えたいなら…」
 「…変えたいなら?」
  ホスト部一同には変な緊張。
 「ボクがキャスト変わってあげる」
 「「「「?」」」」
 「光邦が?」
 「ん、そう!」
  役名の書かれているはずの場所を握り締め、自分の棒を突き出す光邦。
 「その代わり台本は僕たちが書くから! ね、ヒカちゃん、カオちゃん!!!」
  ひょいっと光から“シンデレラ”と書かれた棒を取りあげ代わりに光邦自信のを渡す。
  すると今度は光がニヤリ。
 「まぁ、どっちにしても先輩には頑張っていただかないとね」








  崇に向かって棒を投げるとそこには“王子様”と楽しそうな文字が書かれていた。








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一度やってみたかった、学祭ネタ! 何度かイラストで崇さんの女形には挑戦したことがありますがやはり洋物ではきつい気がします。和物で着物とかなら…まぁなんとか?(自分が書くと女形と言うよりいつもの崇さん…)と言うわけで何とか回避した崇さん。がんばれ!! 07.8/30