いつでも どこでも いつまでも ぼんやりと窓の外を眺めていた。 美しく広がるはずの庭園は生憎の天気のために重たく濡れている。 湿気の多い部屋、いくら除湿をしても抜けない気だるさ。 でも、崇は窓の外を眺めた。 「モリ先輩」 呼ばれて振り返れば期待のルーキー、藤岡 ハルヒ。 手にしていた湯気立つティーカップを崇に差し出すと、やわらかく微笑む。 無言でそれを受け取ると、さわやかなミントの香り。 「それでも飲んで少しは元気になってください」 「…ああ」 「…心配ですか?」 「……」 心配じゃない、そんな思いは嘘もいいところ。 残してきた輝く蜂蜜色を想うと、視線はまた窓の外へ向かう。 でも、そこにはやっぱり重たい灰色しかない。 「…ハニー先輩、風邪なんですって?」 「……」 自分の分の紅茶を啜りながら「鏡夜先輩から聞きました」とハルヒは付け加えた。 「今日は早退してもいいと思いますよ? ミーティングだけですし」 「…いや、駄目だ」 明らかに「何故?」という瞳に、崇は今朝のやりとりを思い浮かべる。 『光邦?』 『…ふわー、たかしぃ』 いつものように朝稽古のために光邦を起こしに来た崇に、弱弱しい声。 まだ寝ていると思っていた分その声ははっきりと聞こえた。 『どうした?』 『…頭が痛い…』 ベッドサイドに腰を下ろして少し汗ばんだ額に手を添えると、 そこはとても熱を帯びていた。 掌に熱が伝わるのとは反対に崇の体温は少し下がり、 それが“熱”だと気が付くまでに時間がかかってしまった。 『光邦、…今日は休もう』 『え! …でも、今日は…ミーティングがっ……』 途切れ途切れの言葉に、はぁはぁと浅い呼吸でそんなことを言われても 「そうか」なんていえる訳もない。 大体ホスト部のミーティングといえば、次の企画に関することのみで あとあるとすれば環が入手してきた新しい庶民の遊びやお菓子についての雑談会ぐらいなもの。 行かなくてもなんら問題はない。 『でっ、でもぉ…』 頭を撫でながら説明してやるが、光邦は渋った。 『今日は、タマちゃんがねぇ……』 …そういうことか。 そこまで聞くと崇は立ち上がり来た道を辿る。 『たっ、たかし?』 何か悪いことを言っただろうか? 光邦は少しの不安を覚えて遠ざかる背中を引き止める。 『…俺が代わりに』 『へ?』 『俺が代わりに環から受け取ってくる』 振り返って苦笑交じりの笑みを浮かべると『だから大人しく休んでいてくれ』 それだけ残して光邦の部屋を後にした。 そうして今。 開始時刻になっても当の環が現れない。 だからこうして焦る気持ちを抑えて、 せめて光邦が寝ているであろう家の方向を見ていたかった。 こんなことを説明するのは野暮であるので、 ハルヒの問いには苦笑で返した。 「ハニー先輩に何か頼まれ事でも?」 また一口紅茶を飲むと崇に的確な言葉が降ってくる。 呆気に取られた崇に、理由を問われていると思ったハルヒは続けた。 「ほら、こういう場合モリ先輩は自分も休んで、ハニー先輩に付き添ってそうだから」 無論そうするつもりであった。 しかし、弱った光邦が悲しい想いをするのは嫌だったから。 だから… 自分が寂しいなんて二の次なのだ。 「きっと“ハニー先輩のお願い”で今日は来たんだろうなぁって」 「考えすぎですか?」とクスクス笑ったハルヒをただ見つめるしかなかった。 どうして判るんだろう?と。 「だってほら、モリ先輩の顔に書いてありますから」 ただ見つめていただけなのにハルヒの言葉は的確で思わず自分の顔に触れてみる。 そんな崇を見てまたやわらかくハルヒは微笑んだ。 「それにしても、環先輩遅いですね」 「………ああ」 そう返事を返しながら崇の頭は何故判るのかという疑問が回っていた。 思わぬところにすごい人がいるものだ、と頭の片隅で認識し 帰ったら光邦に教えてやろうと思い、ハルヒから視線を窓の外へ。 実は冷静なあの蜂蜜色ならすでに知っていることかもしれないけど。 それとも、 「ハルヒ」 「はい?」 飲み干したティーセットを片付けようと歩き出していたハルヒは振り返る。 今度は崇の表情は見えない。 しかし、ハルヒには判った。 「…俺は、わかりやすいのか?」 「……ええ」 崇の顔が仄かに染まっているだろうことを。 「それだけ、ハニー先輩を“大切”にしているということですよ」 自信に満ちた台詞に崇の顔が一層染まっていったのを 知っているのは誰もいない。 いるとすれば 窓の向こうので今眠る君だけ。 いつでも どこでも いつまでも 俺はお前を想っている。 無意識という名の意識の中で。 END... そうしてハニーのために一人で運べないほどのお菓子を持ってきた環の頭をガシガシ撫でて、 モリさんは部活を早退するのでしょう。 |