「誕生日おめでとう」


  忘れもしない。


 「もう4歳? 早いわねぇ」


  忘れるものか。





  あなたとワタシが出逢った日。









 「ほんと、あの家どうにかならないのか!」
 「まぁまぁ、毎年のことじゃねぇか」
 「だからこそだ! どうにかならないのか! アイツは!!」
  朝稽古終わりの風呂の帰り道。
  大声に釣られ、客間に目をやるとあからさまに不機嫌な靖睦とそれを宥める悟の姿が目に入った。
 「あ、崇兄! おはようございます!」
 「……おはようございます」
 「…おはよう」
  先に気付いたのは悟のほうで、靖睦のほうは取り乱した姿を見られて
  恥ずかしそうにキレイに座り直す。
  そんな光景も近年では恒例のこととなってきていた。
  年に一度のこの日、埴之塚邸はもっとも甘い香りに包まれる。
  靖睦曰く「一年で最も嫌いな日」。



  本日は次期当主である、埴之塚 光邦の誕生日であった。





  例年通り一流パティシエによる大量のバースディケーキ作りが数日前から
  着々と進み、完成が近づけば近づくほど甘い香りが辺りに漂う。
  甘い物が兄ほど好きではない靖睦は日が近づくとこうして泊まりに、というか逃げてくるのだ。
  あの甘ったるい香りから逃れるために。




    あの日は、こんなに甘くはなかったのにな。




  そんなことをぼんやりと頭の片隅に浮かべつつ、崇は弟たちの頭を撫でるとその場を後にした。








  風呂上りの格好から私服に着替えて、光邦の元へ行くべく埴之塚邸へ。
  本道場を渡して家が隣接しているので移動は簡単だ。
  道場が近くなると香りは強くなってくる。
  甘い甘い、香り。



 「はっ!!!」
  通り抜けようと本道場の襖に手をかけると稽古中の音が耳に入る。
 「やっ、はああああ!!!」
  誰だろうかと薄く襖を開けると、見知った蜂蜜色の髪。
  何人かの門下生と組み手の真っ最中だった。





    あの時も、こんな感じだった。






  自分より背丈の大きな相手を組んでは投げ飛ばし、投げ飛ばされては組み直し。
  何度倒れても立ち上がって、何度投げ飛ばしても満足せずに
  立ち向かい、立ちはだかった。   小さな体で。


 「やああぁ!」
  今では倒されることはなくなり、泣きべそをかくこともなくなった。
  だぁんと受身の音が聞こえた。
  どうやら組み手は終了らしい、清々しいあいさつが終わると汗を拭きながら
  門下生が散り散りに出てきた。






 「あ、崇さん」
  もちろん崇のほうに流れてくる者もいて、「おはようございます」とあいさつを受けた。
 「え? 崇?」
  やっと存在に気付いたらしくひょこひょことさっきの勢いなど微塵も感じさせない
  小動物はトレードマークの花を散りばめている。
 「もー、見てるなら入ってくればよかったのにぃ!」
 「…すまない、見入ってしまった」
  ひょいっと抱き上げて肩に乗せてやると、満足そうに足をふらふらさせた。
 「僕、そんなにかっこよかった?」
 「…ああ」
  崇が頭を撫でてやると、太陽のような笑顔はさらに輝きを増していく。




    あの時も、同じことを言った。





  初めて、出会って、君を見た日。





 『ねぇ、君が“たかし”?』

 襖越し、必死に姿を追っていた。


 『入ってくれば良いのに』

  夢中になって見入っていた。


 『…目が離せなかったから』

  今より君は幼くて、


 『…僕、そんなにかっこよかった?』

  でも期待に充ちた瞳は変わらない。



  あの時感じた気持ちも変わらない。







  今も、昔も。






 「光邦、…何か欲しいものはあるか?」
 「んー、崇かねぇ」
 「…わかった」
  そう答えてやるとこの上なくシアワセそうに笑った。





  あの時と、同じ笑顔で。






  14年の同じ日に。
  僕らは出会って、


 『僕、そんなこと言われたの初めて!』



  今に至って、



 「一緒にケーキ食べようね」
 「…ああ」


  以前より近づいた関係で、今日を迎える。
  出会ってしまった今日という日を。




  「守りたい」笑顔に出逢えた今日という日を。










     END....






  「甘い」をキーワードにしようと思っていたのに…。いつの間にか、題がそれていった。。。
   そして良く分からない…。しかも勝手に家の構造を作ってしまった…