大きな手を引く小さな手 それは蒸し暑い日の事。 庶民レストランは、彼等が思っていたより良かったようで。 光邦はもう9つ目になるケーキの苺をフォークに刺すと、ぱくりと口の中へと放った。 その様子を黙って見ていた崇はそっと手を伸ばし、ハンカチで頬に付いたクリームを拭いてやる。 「崇も食べる?」 「いや…いい」 にっこりと微笑みながら、再度頬にクリームをつける。 そしてやはりそれを拭こうと大きな手が伸びるが、止まった。 最後に拭いてやろうと思ったのだろう。 そうこうしている内に皿の上のケーキは無くなり、光邦はまたもメニューを開いた。 「次はどれにしようかなぁ」 それぞれのケーキやパフェの写真を指でつつきながら、光邦はどれがいい? と崇に聞いた。 崇は視線だけを窓の外へと流し、相変わらずの無表情で言う。 「やめておけ。…曇ってきた」 途端、光邦の機嫌が悪くなる。 「えー。雨降ったって車呼べばいいでしょ?」 「…一度自分で決めた事だろう」 「じゃああと一個! あと一個食べたら帰るから、ね?」 いいでしょ崇? と、うるうるした瞳を向けられ、崇は黙って顔を反らす。 それを良しとしたのか、光邦は調度側を通りがかった店員に声をかけた。 「あのねぇ、これを…」 「………」 しばらくして、光邦は運ばれて来たホールケーキを飲み込むようにして食べ始める。 それを見つめながら、崇は浅く溜め息を吐いた。 「美味しかったー!」 あれだけの量を食べたというのに、光邦は元気そのものだ。 その後ろについて歩く崇の手には紙袋が握られていた。 中身は某高級洋菓子店のケーキで、先程光邦が購入したものだ。 始めは自分が買ったのだから、と光邦が持っていたが、何度も中身を覗くものだから、崇が持ってやる事にした。 だが、崇が紙袋を持っても相変わらず、ちらちらとそれを見つめている。 よって、歩くスピードはかなりのスローペースで、重い空はもう落ちてきてしまいそうだった。 「光邦。急ぐぞ…」 ケーキを潰さぬよう慎重に、だが先程よりも早足になる。 光邦は黙って崇の歩調に合わせるが、ふと歩みを止めた。 「あ、雨」 思いついたように言いながら掌を上に向け、雨の粒を握り潰す。 それが引き金だったのかもしれない、瞬く間にシャワーの蛇口が捻られたかの如く、雨が降ってきた。 「うわぁ…」 「………」 紙袋を黙って腕に包むと、崇は店の屋根へと寄っていく。 それを光邦は不思議そうに見つめていた―――かと思えば、ポケットに突っ込まれたその手を掴む。 崇は掴まれた腕を見、そして光邦を見つめた。 「走って、帰ろう?」 静かに言われ、崇は微かに目を細めた。 先程は車を呼べばいいと、自ら言っていたのだから当然だ。 「…菓子が潰れる」 「いいよ、潰れても。あんまり濡れて帰るって経験、ないでしょ? それに、車だと三人だしねぇ。二人きりがいい」 無表情で言ったかと思えば、にこり、と人懐っこい笑みを浮かべた。 つられるように、崇も柔らかく微笑む。 いつの間にか人通りは殆ど無くなり、雨の音だけが耳に心地良く響いていた。 「せっかくのデートなんだからさ。もう少し、僕の我が侭に付き合ってよ」 言い終わるより早く、その手を引いて走り出す。 側を通り抜けられていった数人が、子供に連れられる大男を異様な目で見つめたが、そんな事は二人にとってどうでもよかった。 そう、”せっかくのデートなのだから”。 「いくらでも…付き合う」 どちらともなく、ふっと笑って。 大きな手は、小さな手は、妙に心地良かった。 「ツギハギ HEART」 ユキヒロ様 によります、ほのぼの埴銛さんです! 「5000打企画 フリー小説」ということでお持ち帰りさせていただいちゃいましたv このあったかさv 大好きですvv |